ブロギングなう

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【ヒトリゴト】結局、奢ってしまうのです。何だろう。病気なのかな。

今日は、同級生と昼ご飯を食べました。

この同級生、色々考えがあって超一流企業を辞めて現在は一時的に宙ぶらりんです。

 

宙ぶらりんと言ってもお金に困っているわけでもないでしょうし、奢ってくれと頼まれてもいませんし、私より金持ちだと思いますが、奢りました。

 

「奢る」は私にとって習慣なのかもしれません。

不治の病なのかもしれません。

 冗談はさておき、、、

私はこの同級生に奢った理由を少し考えました。

 

在学中は一緒にご飯を食べたことすらないですし、連絡を取り合う仲でもないですし、何かを奢られたこともありません。

奢らなきゃいけない筋合いなんてゼロです。

ただ、なんだか元気が無さそうだったので、元気になって欲しいなという勝手な思いを込めて奢ったんだと思います。

 

しかし、人に奢ることが多い(と勝手に思っている)自分が少し怖くなって調べてみたら気になる記事が出てきました。


なぜあなたはそんなに与えるのですか? 何を得たいと望んでいる? Alpert氏はズバリ問いかけます。「友人関係を保つため?」。もしそうなら、立ち止まって考えてください。おおげさな贈り物などしなくても、人はあなたを愛してくれるはずです。

あなたは「与え過ぎる人」ではありませんか? | ライフハッカー[日本版]

 

「友人関係を保つために奢る」は私にはあまり当てはまらないかもしれません。

 

よく奢る相手は「年下」です。

奢るのは「年下」だからであって、ドライな言い方をすると「友達」だとは思っていません。自分が「年下」だった時に先輩に奢られた過去があるので、良い意味で「年上」としての義務を果たしているつもりです。

 

そんな「年下」の皆さんに義務として奢っていたわけですが、先日良いことがありました。

1回だけ一緒にご飯を食べたことのある後輩にお願いごとをすることがあったのですが、お願いのために連絡する時の心理的なハードルがすごく低かったです。

超絶チキンの私にとって、後輩に奢っておくことはこんな良いことがあるんだ、と発見した瞬間でした。

 

もちろん、お願いしている側なので、超丁寧に依頼しましたが、依頼のための心理的ハードルがこんなに低いとこんなにも楽なのかと幸せでした。

奢ったのはたった1回だけですけど・・・

 

後輩がこの記事を読んだら「たった1回奢ったくせに調子乗るなよ」と怒ると思うので、念のためもう少し丁寧に説明すると。

「奢ったから、こっちのお願いを叶えろ」という考えではなく

「奢ったことがある、お願いする時の連絡をする心理的なハードルが下がるわ」ということです。

 

 

何はともあれ、「人をつなぎとめるために奢る」に陥らない限り、私の財布が苦しくない限り、「奢る」というのは続けていきたいと思います。

 

今日は「奢る」について考え直す良い機会となりました。

 

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