ブロギングなう

毎日ブログを書けば文章力が上がるのかを検証中

【人は見た目が100パーセント】100%ダサい私が「ダサい」の卒業を決意しました

人は見た目が100%

悲しいですが、これが現実です。

f:id:ujin11:20170603211147p:plain

「誰にも負けないくらいダサい」と自覚してきた私がダサさを克服してオシャレになるための独り言です。

ダサい仲間の皆さん、一緒に頑張りましょう!

怖いもの見たさでここへたどり着いてしまった方、笑いながら読んでください。

 

ダサさを象徴するエピソード

大学時代、留学先の大学のお休みを使って男友達4名と一緒にタイのビーチへ訪れた時の事です。

 

宿で荷解きをした後で着替えて「夕焼け見に行こうぜ~!」とお出かけすることに。

「リゾート地だし、ラフな格好でいいや~」と待ち合わせ場所に行くと大バッシング。

 

「お前、本当にその格好するのか!服装どうにかできないのか!?」と皆が怒っている。

~~~~~ ~~~~~

<当時の私>

何でそんなに怒ってるの。

ココ、東京じゃないんだよ?これから面接受けるわけでもないんでしょ?

海と夕焼け見るだけでしょ?

~~~~~ ~~~~~

 

夕焼けと一緒に皆で写真を撮りたいとのこと。

その集合写真に私の格好はアウトだと直球で言われました。

 

困っている私を見かねた友達がズボンを貸してくれました。

生まれて初めてズボンを借りました。

「Tシャツもダサすぎる。お土産屋さんで適当に買え!」と詰められたので、渋々Tシャツを購入。

Tシャツ屋さんのおじさんに「今日は俺の誕生日だからサービスしてやる」と言われたのは良い思い出。

 

そんなこんなで新しく購入したTシャツさえも「お前さ(溜息)・・・なんだよそのTシャツwww」と言われることに。

その後の旅では何事も無かったのですが、改めてセンスの無さを思い知らされるエピソードでした。

 

こうして書いてみて気付きました。

ダサいということは人に迷惑かけてるんですね。ご

めんね、みんなwwww

 

ダサかった理由

 

ダサかった理由は2つ

 

<理由その1>

ズバリ「ダサくて何が悪い。ダサさが格好いい」というスピリットで大学時代を過ごしていたからです

 

大学時代は「中身を徹底的に磨いて魅力ある社会人への準備をしたい」という目標を掲げていました。中身を磨くなら外見を良くすることは「甘え」だと思っていたんです~。※元々センスも無かったので、外見の向上には努力が必要でした。

 

おまけに「ダサいことを理由に私を避ける人がいるなら、選別が不要でちょうど良い」とまで思っていました。

なんて上目線なんだ。ダサいくせに(笑)

 

<理由その2>

現実的な理由として「外見に費やすお金が無かった」というものがあります。

 

学費は奨学金でやりくり。(サンキュー、JASSO様!毎月返済しています~)

パトロン(親)からの出資が期待できなかったので、学生生活はアルバイト代でやりくりする必要がありました。

 

学部の勉強(専門書高い~)に加えて、学生時代にやりたかったこと(運動、留学など)を考えるとバイトに割ける時間は限られているし、バイトで得られるお金に限界が見えました。

株、ブログ、怪しいバイトなど儲ける手段は沢山あったのかもしれませんが、自分が「平凡」であることは痛感していたので、普通に稼ぐことに。

 

自分に与えられたリソース(金・時間)の分配をする際に、「やりたいこと」の優先順位をつけたところ、「外見への投資」は最下位になりました。

 

その結果、全身GAP人間に成長しました。(GAPセールありがとう!)

※GAPの服はダサくないですが、センスの無い私はダサかったです。

 

そんなこんなで「ダサさが格好いい」というスピリットと「金が無かった」という現実的な理由でダサかった私ですが、遂にダサさとおさらばする日がやってきました。

 

さようなら、ダサい私

「超絶ダサかった私」も遂に社会人になってしまいました。

 

ダサさを象徴するエピソードでも書いた通り、「ダサい」ことは人に迷惑をかけることがあります。

 

大学生のように、「個人」としての時間が長ければ「ダサさは自己責任」です。「あの人ダサいから近づくのやめとこう」と避けられるだけで済みます。

 

しかし、企業で勤めるサラリーマンの場合は「ダサさは自己責任」では済みません。

「〇〇会社の省エネさん、ダサい。」という調子で、所属企業のイメージにまで影響が及んでしまうため、「ダサくて何が悪い。ダサさが格好いい」というスピリットを貫くのが難しくなってしまったわけです。

ダサさで所属企業に迷惑がかかることも考えると「リソース(金・時間)」の分配を考えた際に、「外見」の優先順位が上がってきた・・・

 

他にも、サラリーマンになったおかげで学生の頃と比べて金銭面での余裕ができました。

 

その時歴史が動きました・・・

今までの方針「極ダサ」と正反対の「脱ダサ」の道を歩むことを決めたのです。

 

大学時代から誇りを持っていた「ダサさ」を捨てる時がやってきました。

常に変化がない企業が取り残されるように、常に変化のない人間も成長せずに停滞してしまいます。

全身GAPでダサかった自分が名残惜しいですが、こんな経緯で方向転換を決意いたしました。

 

 

そんなわけで「脱ダサさ、こんにちはオシャレ」に向かって行動開始です。

 

(153/365)←365日連続ブログ更新の記録更新中